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Jクレジットの経済的評価

Forest Carbon, Priced

J-クレジットは、林業収益の代替にはならない

公開 2026年8月6日分野 森林・カーボン読了 およそ8分

3行でわかる

  1. 森林1haを1年間つないでも、J-クレジットの手取りはおよそ6,800円。木材を売るほうが大きい。
  2. 森林由来クレジットは、つくっても6割以上が売れ残っている。認証量は収入ではない。
  3. 炭素は一度売ると手元に残らない。売った先に渡すか、燃料の値段に織り込むか——両立はしない。

01そもそもJ-クレジットとは何か

森林が吸ったCO2を、国が認証して「売れる証書」にする仕組みです。

J-クレジット制度は2013年度に始まった国の制度で、省エネ設備の導入や森林の手入れによって減った・吸ったCO2の量を、第三者の検証を経て国が認証します。認証された量は1トン単位の証書になり、他社へ売れます。買った企業は自社の排出量から差し引いて報告できます。

森林側でよく使われるのが森林経営活動という方法論です。間伐や下刈りといった手入れを続けている森林について、その成長でCO2をどれだけ吸ったかを算定します。「木を植えたら自動的にクレジットになる」わけではなく、計画をつくり、登録し、現地を測り、検証を受ける——という手続きの積み重ねが必要です。

ここが誤解されやすい
認証された量と、実際に入ってくるお金は別物です。認証は「売る資格」であって、買い手がつくかどうかは別に決まります。
Certified is not sold.

02森林1haで、いくらになるのか

前提を三通り置いて計算すると、幅は20倍近くひらきます。

スギ・ヒノキの人工林を想定し、1haが1年間に吸う量、1トンあたりの売値、そして実際に売れた割合——この三つを掛け合わせたものが実際の収入です。森林由来クレジットの取引価格は、およそ6,000円から16,000円と幅があります。

Tab.1森林1haあたりの年間実現収入(当社試算)
項目 保守 標準 楽観
吸収量(t-CO2/ha/年) 1.5 3.0 5.0
売値(円/t-CO2) 6,000 10,000 16,000
実際に売れた割合 36% 50% 80%
実現収入(円/ha/年) 3,240 15,000 64,000

「実際に売れた割合」を入れているのには理由があります。森林由来クレジットは、これまでに認証された総量およそ87万トンに対して、販売・活用されたのは31万トンほど。6割以上が売れ残っているのが現状です。この売れ残りリスクは、買い手ではなく森林を持つ側が全部かぶります。

さらに、ここから制度に参加するための費用が引かれます。計画づくり、登録、妥当性確認、毎年の現地調査、数年ごとの検証、そして売る手間。これらの多くは面積が増えても総額があまり変わらない固定費なので、小さな森林ほど1haあたりの負担が重くなります。

Fig.1名目3万円が、手元に6,812円まで削られるまで

名目の粗収入 30,000円(3.0t × 10,000円) 6,812円 手元に残る −8,188円 制度参加コスト −15,000円 売れ残り(販売率50%) Standard case, 1,000 ha project.

標準ケース・事業規模1,000haでの当社試算。規模が200haまで小さくなると、この帯は赤字に沈みます。

03木材を売るのと、並べてみる

同じ1haから出てくる収益源を横に並べると、順位がはっきりします。

年間に6立方メートル分だけ収穫する森林を考えます。太くて通直な材(A・B材)は製材や集成材に、細い材や曲がった材(C・D材)は燃料用のチップに回ります。それぞれの手取りと、クレジットの手取りを並べたのが下の表です。

Tab.2同じ1haから得られる年間の手取り(当社試算)
収益源 手取り(円/ha/年) 経営上の縛り
A・B材の販売 およそ +12,000 なし
C・D材の燃料供給 およそ +8,400 契約している期間だけ
J-クレジット(標準) およそ +6,800 10年の継続義務・主伐の制約・転用の禁止
J-クレジット(保守) およそ −4,960 同上

クレジットは三つのうちで最も小さい手取りでありながら、唯一、長い縛りがついてきます。認証を受けている間はもちろん、終わったあとも10年間は森林経営計画をつくり続けなければなりません。主伐を含む場合は、期間中の吸収量の合計がプラスであることが条件になります。土地を別の用途に変える計画があってはいけません。

たとえるなら
畑の作物を売るかわりに、「この畑を20年近く、畑のまま置いておきます」という念書を書いて、年に6,800円を受け取るようなものです。金額が小さいことより、念書のほうが長く残ることが問題になります。

04値段には天井がある

「これから炭素価格は上がるはず」という期待に、制度の側から上限が引かれました。

2026年度から、日本の排出量取引制度(GX-ETS)が本格的に動き始めます。一定量以上を排出する企業に排出枠が割り当てられ、超えた分は枠やクレジットで埋め合わせる仕組みです。この制度をめぐって2025年12月、排出枠価格の上限がおよそ4,300円、下限がおよそ1,700円と公表されました。

義務を果たすために炭素を買う企業からすれば、4,300円で枠が手に入るのに、森林由来クレジットに10,000円を払う理由はありません。つまり高値の買い手は「義務」ではなく「広報」の予算から出てくることになります。地域の森林を守るという物語に価値を感じる企業は確かに存在しますが、その予算は景気と広報方針で増減します。

01
需要に天井
義務履行の買い手は上限価格より高くは払わない。
02
残るのは広報予算
物語に対する支払い。景気と方針に左右される。
03
供給は増加
認証見込量10万トン超の大型案件が増えている。
04
結果
価格は上がるより、下がる方向に力がかかる。

05炭素は、一度しか売れない

ここが判断の分かれ目です。

クレジットを売るということは、その炭素の環境価値を買い手に渡すということです。渡したあとは自分のものではないので、同じ森から出た木材や燃料に「これは炭素を減らす燃料です」という上乗せをすることはできません。二重に数えることになるからです。

一方で、木質チップを燃料として供給する契約に、炭素の価値をあらかじめ織り込んでおく道があります。買い手にとってのチップの値打ちは、それを燃やすことで使わずに済んだ重油代と、払わずに済んだ炭素コストの合計です。この「使わずに済んだ額」を基準に値段を決めれば、炭素の価値は燃料価格の一部として毎年入ってきます。証書にしなくても、契約が炭素を値付けします。

Tab.3炭素1トンあたりの手取り(当社試算)
比べる軸 クレジットとして売る 燃料価格に織り込む
手取り およそ 3,500〜5,000円 およそ 30,000円
売れ残り 認証量の36〜50%が滞留 契約した分は全量引き取り
お金が入る時期 認証後、2〜3年遅れ 納入したとき
縛り 10年の継続義務・主伐の制約 契約している期間だけ

燃料側の数字にはエネルギーそのものの対価が含まれるため、単純な比較ではありません。それでも、同じ木から出た同じ炭素が、経路の選び方だけで一桁ちがう値打ちになる——この差は無視できる大きさではないと考えています。

2013平成25年度
J-クレジット制度が発足。旧・国内クレジット制度とJ-VERを統合して始まる。
2023令和5年度
GXリーグ発足、GX-ETSが試行段階へ。参加は自主的で、目標も各社が自ら設定する形。
202512月
排出枠価格の上限・下限が公表。上限およそ4,300円、下限およそ1,700円。炭素の値段に見通しがついた。
2026令和8年度
GX-ETSが法的な義務の段階へ。一定規模以上の排出企業が対象になる。森林由来クレジットの買い手構成が変わる局面。
7HGからのひとこと

私たちが森林事業で見ているのは、単年度の利回りではなく、100年先まで同じ手入れを続けられるかどうかです。年間6,800円のために、10年の念書と主伐の制約を負う——その交換は、続ける力を削ります。

炭素に値段がつくこと自体は歓迎すべき変化です。ただ、値段のつけ方には選択肢があります。証書にして切り売りするか、燃料を売る契約の中に織り込むか。私たちは後者を選びました。契約は毎年更新でき、山の手入れの計画は山の都合で決められるからです。

Price the carbon in the contract, not in the certificate.

出典・注記

  • J-クレジット制度 公式サイト(制度概要、方法論、認証量・販売実績)。
  • 石川県「森林由来Jクレジット」創出マニュアル(2024年2月時点の取引価格レンジおよび登録要件)。
  • GX-ETSにおける排出枠価格の上限・下限に関する公表(2025年12月)。
  • 1ha収益・炭素1トンあたり手取りの各数値は、スギ・ヒノキ人工林、年間収穫6立方メートル、事業規模1,000haを前提とした当社試算。
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、特定の投資判断・事業判断を推奨するものではありません。数値はいずれも前提を置いた試算であり、吸収量の原単位・販売価格・販売率のいずれかが変われば結論も変わります。制度の運用には今後決まる部分(方針段階のもの)が含まれます。実際の検討にあたっては、対象森林の林齢構成や地域の需要をふまえた個別の算定が必要です。